Archive for 12月, 2010

すべて新たに

金曜日, 12月 31st, 2010

このデジタル全盛の時代に、敢えて「webから距離を置く」という決断をしたわけですが。

webの自由さは確かに魅力的ではあったのですけれども、それとともに、際限なく拡大していく要求や欲望というものに一抹の不安を覚えたのも事実でしたし、あふれる広告の洪水の中で、しっかりと自分を見つめながら生きることが困難になってきたこともありました。

デジタルならではの手軽さや軽快さ、自由度に慣れすぎてしまうと、どうしても安易な生き方に流れてしまう気がしたのです。
もちろん、そうならない人もいるのでしょうが、自分のようなアナログで不器用な人間にとっては、 めまぐるしく動くスピードについていけない部分が大きくて…

今までエネルギーを注いできた多くの事柄の中には、本当に必要だったものではないものも数多く含まれていました。
そんな中で出会ったヘンリ・ナウエン氏の著書「すべて新たに」で、現代の人たちの多くが「思い煩い」で満たされていることを指摘し、「心の向け方を変えなさい」「本当に大事なものに優先順位を振り向けなさい」とアドバイスする内容に共感して以来、自分の方向性が明確となりました。

“自分が本来いるべき場所”を提示してくれた方のために、これからは生きようと思っています。

『何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる』
(マタイによる福音書 6:33)

mouse painting

水曜日, 12月 29th, 2010

ひっそりと消えてもよかったんですが、やはり多くの人の支えがあってこそ、継続できた部分も大きかったので…

pixiv、drawrの活動を終了することにしました。
自分の中で区切りをつけたかったということもありますが…

(さらに…)

Noel

土曜日, 12月 25th, 2010

クリスマスがいつの間にか、すっかり落ち着きのない行事になってしまったのはいつの日からなのかわかりませんが。

米国文化の影響なのか、日本におけるクリスマスは、とかく商業的側面が追及されがちです。
ローマあたりではクリスマスになると厳粛な雰囲気となり、静かに過ごすのとは対照的ですけれども…

本来の意味を失って形骸化してしまった降誕の日に、我が家には落着きを取り戻すCDがあります。
アンサンブル・エクレジアの「古いイギリスのキャロル」 。
ジャケットのデザインは望月通陽さんという方で、木のオブジェや染絵を使ったアートワークがシンプルで温かみを感じさせます。

きらびやかな電飾や喧しいキャロルとは対極にある、素朴で、敬虔な祈りに満ちた音楽。
13,14世紀に親しまれ民衆に語り継がれてきた楽曲を、リュートやフィドルなどの古楽器で現代の日本人アーティストが演奏する、なんとも味わい深いCDです。
Amazonでは品切れ中のようですが、女子パウロ会などキリスト教関連通販サイトで手に入ります。

クリスマスの日くらいは世俗から離れて、平安の中で時を過ごしたい。
そんな方にはきっと一生モノになる、そんな音楽が我が家にはあります。

サンタからの手紙

火曜日, 12月 21st, 2010

小学生の時、本家サンタさんに送った手紙の返信。
世界中の国の子供に出すので、さまざまな言語で書かれています。

サンタがいない、という人もいます。

信じる人生、信じないのも人生。
でも僕は信じる道を行きたいと思います。

『義人は信仰によって生きる』 (ローマ人への手紙 1:17)

もっこう!

火曜日, 12月 7th, 2010

無印良品でかってきた大人用の木製玩具。
ベトナム製ですが、なかなか可愛らしくできています。

木でできたおもちゃは、温かみがあって、手触りがよくて好きです。
子供のころからよく積み木で遊んでいたこともあって、愛着があります。
レゴブロックも好きだったのですが、自分の遊びの原点が木だったので、なぜだか木には不思議と癒されます。

「日本には資源がない」とよく言われていますが、実際のところ、そんなに悲観的になることもないのではないでしょうか。

というのも、日本には美しい森がたくさんあります。
日本人が昔から大切にしてきた里山の風景には、いつもさまざまな種類の木がありました。
そのおかげで、きれいな水にも恵まれました。

にもかかわらず、外国から安い木材をたくさん輸入しては建材に利用されています。
僕はもっと、日本の木を使ってもっといろいろなものを作ってほしいな、と願うのです。

木を切ること自体は、CO2を排出しません。(木を燃やすときにCO2がでるのです)
たとえ木を切っても、その分をまた植えることができますから、「木を切る=環境破壊」ということにはなりません。

今の日本では、足りないものをみな外から補おうとばかりしていますが、もっと身近にあるものに注目して、あるものを工夫して使うことで役立ててほしいと思っています。
余計なものをそぎ落としてうまく素材を活かす日本料理のように、日本人はもともとあるものをうまく利用する引き算の文化をもっていました。

「今、ここ」を見つめなおすことで、もっと可能性が広がっていく…
木とともに生きてきた日本人なら、「地に足をつけた」木のような生き方がきっとできるはず。