Into the Wild

INTO THE WILD

INTO THE WILD

厳しい自然の中に身を置くと、「生」の感覚を研ぎ澄ますことができる、そんな気がする。
毎日時間に追われ、決められたルーチンワークをこなすだけの生活からは、自分が「生きている」という実感を伴うのは難しい。

アラスカの荒野へひとり旅立ち、「真理」を求める若者の物語「イントゥ・ザ・ワイルド」のDVDを観賞。
彼がこのような旅に出た背景には、高度に発達した文明の中で、「生きる」という意味を見出すのが困難、ということがあるのかもしれない。

過剰な物質主義の世の中では、人々は余裕をなくし、富や名声、権威やブランドなど、目に見えるものばかりを求めていく。
不格好な「鎧」を身に着けた現代人は、いつしかその重みで身動きが取れなくなっていないだろうか。
そんな鎧という嘘で塗り固めた胡散臭い「社会」に、彼は反旗を翻すごとく、荒野へとドロップアウトしていく。
現代人は、そんな彼を「単なる現実逃避」と一笑に付すことができるだろうか?

「鎧」を捨て、裸一貫で荒野に飛び出すのは、無謀なことかもしれない。
けれども、彼が選んだ生き方は、ひとつの重要な教唆を与えてくれる。

人は、裸で生まれたのだ、ということ。

ただ、人は一人だけで生きることは難しい。
人とのつながりを完全に断ち切って、本当の幸福や生きる意味を見出すことは、できないのだろう。

映画に登場する、息をのむような圧倒的な大自然は、人間が小さな存在にすぎないことを思い起こさせる。
人間は、「生きている」のではなく、「生かされている」ということに気付かされたとき、はじめて本当の自分を見出せるような気がするのです。

終盤、主人公クリスと老人ロンの対話のシーン。
『だが 言いようのない大きな力が存在する つまり それが神なのだ』
人間の想像を超えた大きな力。人間だけでは対処しきれない圧倒的なパワー。
その存在を認めることができたときにこそ、「自分が何者であるか」ということが理解できるのかもしれない…

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